管理者ページ
トップに戻る
<< PREV TOP NEXT >>
なんか悲しく切なく孤独な心境
 15日から昨日まで、本宅の片付けに行って、こちらを留守にしていた。世間ではお盆だけど、今年はお墓参りもしていない。兄も初日だけ一緒にいて、別宅から本宅まで同行した。それは明るい出来事だった。

 驚いたことに、兄の彼女さんに会うことになったのである。まだ離婚が成立していない状態だから驚いた。でも、はじめて顔を拝見けど、あまりにも若く、綺麗なので、そのことにも驚いた。年齢は兄と同じだから、老けた女性をわたしはイメージしていたけど、とんでもなかった。

 これから離婚する兄嫁は、兄より10歳以上年下だったけど、その兄嫁よりも綺麗でチャーミングだったから、兄が惚れるのもムリはないと思った。彼女さんが魅力的なのは、兄嫁のようにツンツンしていないからなんだと後で思った。ツンツンされると、わたしも気を使うけど、この女性なら仲良くできそうな予感がした。彼女さんも、兄も、わたしも同じ中学校に通っていた経緯があるので、親しみも沸くのだろう。

 兄はラッキーだ。これで「ただいま〜」と兄が言えば「お帰り〜」と返すような家庭を築けるだろう。兄嫁はそれをしなかった。恐妻ではなかったけど、兄と嫁さんの間には、しっくり来ない大きな壁が立ちはだかっていた。最初はそれが新鮮だったようだ。

 兄はラッキーでも、お金の面では大変だ。子供たちへの学費全部を出しつつ、子供にかかる生活費も、養育費として1人につき10万づつ毎月3人分を払うと言うから、嫁さんに渡す家のローンもあるし、どんだけ稼がなきゃいけないんだろう。それでも、愛って、すごいと思うのは、彼女さんとの幸せな未来のために、兄はガムシャラに働き倒している。原動力が泉のように湧いて出ているような感じがする。

 一方わたしはつくづく不幸である。そういった気力がない。本宅に今後暮らすことを、今回実感したけど、別宅ほど綺麗で広い庭もなく、周りは山に囲まれて、小さい頃に野山を一緒に駆け回った友達なんて、ほとんど都会に出て行き残っていない。みんな出世したのだろう。わたしだけ落ちこぼれて、笑われるのが関の山だ。でも、幼い頃に恵まれていたわたしの、それが定めと言うもの。かも。知れない。

 娘も一緒に暮らしそうにない。今日は、娘と喧嘩をして死にたくなったけど、だいたい娘は、わたしがかつて、仕事中に倒れて2日間病院に入院したときも、知らんぷりだった。わたしの教育が悪かったのだ。愛していることを、うまく伝えられなかった。だって、わたし自身が毒親に傷つくだけだったから、愛を学んでいない。わたしは子供を傷つけたくないと恐れるだけだった。ちゃんと叱ることができなかった。

 わたしにお金でもあれば別かもしれないけど、娘にとっても、わたしはもう頼れる母ではない。いろんなことを考えると、とどのつまりは孤独な未来しかない。犬だけが心のよりどころの孤独な生活になるだろう。その犬たちも、いつかはいなくなる。その時わたしはどうなるんだろう・・・

 今はドン底な気分だけど、こうしたハングリー精神が、何かを生み出す力になるかもしれない。わたしは元々戦士だから。ドン底気分の今でさえ、モノは考えようだと自分に言い聞かせている。スイッチ1つで、ヘラヘラ笑っていることもできるはず、きっと。
日記(日常) | comments(0) | trackbacks(0)
COMMENT
name:
email:
url:
comments:
TRACKBACK
http://simu1.keamane.chu.jp/trackback/532

このページの先頭へ